この世の楽園・日本

ハーバート・G・ポンティング著 英国人写真家の見た明治日本 (講談社学術文庫)を読む。

ハーバート・ポンティングにとって「常に人生に生き甲斐を与えてくれるものの一つ」であるカメラを持って、思う存分写真に撮ることを目的にして、1902年ごろ来日した。ーーー写真家ならではのこの取材意識が素晴らしい。明治期、一山当てようとして来日する外国人とは一線を画している。

「私は蝉の声が好きだ。…日本の昆虫の甘美な鳴き声は、私にはかりしれない大きな喜びを与えてくれた。…」

虫の音を日本人は左脳の言語分野で声として聞き、日本人以外の外国人は右脳の音楽分野で雑音として聞く(最近の脳科学はどのように捉えているのかはわからないが、日本語の母音の多さからして、あり得る)、という日本文化の深みまで測れる彼の感性も、また、素晴らしい。

日本人的な感性で、その上親日的ともなれば、最近のTV番組で流行っているような「世界に誇れる日本文化・日本の製品」というような見方になりがちだが、ポンティングはそのような俗物ではなかった。

明治日本の外国趣味に迎合して質の低下した職人技の多さを嘆き、その中で毎日技に磨きをかける名工がいることも知っている。その名工が作り出す超一級品を見極める目も持っている。

ビンテージプリントを見たくなるほど写真がうまい。絵葉書になるような撮りかたはしていない(日本に慣れたとき、こずかい稼ぎをしたような写真もあるが)。ポートレートなどは彼の人柄がよくわかるように表情が優しい。

110年程前の明治期日本。来日した外国人によっていくつかの日本見聞録が出されているが、この本が一番かなー。

原著は1910年ロンドンのMacmillan社から出たIn Lotus-Land Japanで、Kindleでも200円で読める。しかし、この世の楽園かなー?編集者がつけたタイトルだろうけど。

映画「創造と神秘のサグラダ・ファミリア」

たとえば、生誕のファサードの彫刻家外尾悦郎と受難のファサードの彫刻家ジョセップ・マリア・スビラックスが若いとき偶然バルで出くわし、もし、どちらかの腹の虫の居所が悪かったら、殴り合いの喧嘩になるのではないかと思う。それ程、二人の彫刻家の作風や考えは異なっている。

この二人だけでない。サグラダファミリアに関係するクリエイターたちは考え方が異なる人が多い。ーーーそういう彼らがサグラダファミリアという一つの場所で共同作業をする。ーーーまさに、The Mystery Of Creation、想像と神秘。

映画「創造と神秘のサグラダ・ファミリアhttp://www.uplink.co.jp/sagrada/」を見た。ーーースイス人監督のステファン・ハウプトは、クリエイターたちの「違い」をバルセロナのもつ人種の多様性として関連付けていた。ーーーでも、それは最近のことではないの?ーーー 少し違うように思う。

ここ30年間ガウディを見ているものにとって、二つの歴史的要素がサグラダファミリアの建設を大きく変えたことがわかっている。

一つは、CADの使用。石からプレキャストへと素材・工法が変わった。
もう一つは、世界遺産登録による観光客の劇的増加。結果、大収入、建設費に悩まされなくなった。

映画の中で、ニュージーランド人に建築家のマーク・バーリーが、使用したCADソフトは普通の建築用のものではなく、航空機設計用の3DCADソフトであることを明らかにしている。ーーーもともと設計図を書かないガウディの建築物には、このほうが適切だ。

大勢の観光客がもたらす収入の多さという経済的な「量」は、サグラダファミリアの建築的な「質」を変えてしまったのかもしれない。そんなことを考えさせられたドキュメント映画だった。

王立ガウディ記念講座のバセゴダ教授がガウディの言葉を引用して「神は急いでおられない。焦らなくていい」と述べていたが、そのバセゴダ教授も2012年に亡くなっている。ーーー私の写真集に対してガウディが喜ぶと言ってくれた教授だが、ガウディはこのドキュメント映画をどう思うのだろうか?