近藤三雄・齋藤雅子著 愛しの「屋上緑化考」その昔を探り、内外の今を論じ、明日を照らす

名刺の肩書きが造園伝道師、農大名誉教授近藤三雄さんの愛しの「屋上緑化考」―その昔を探り、内外の今を論じ、明日を照らすを読む。

首都高大橋ジャンクションの屋上に設けられた「目黒天空庭園」、その造園設計のバックグランドを探るため読み始めたが、日本の「屋上緑化」の歴史や培った知恵が学べて楽しい。
目黒区役所本庁舎屋上庭園「目黒十五庭」から大橋ジャンクションの「目黒天空庭園」へ至る過程は、まさに造園伝道師としての活動報告だ。

今年の3月フランスで、新設商業ビルの屋上緑化・ソーラーパネル設置を義務化する「グリーン屋根」法の施行のニュースがあった。
「都市部の商業地域で新たに建設されるビルの屋上部分に、太陽光パネルを設置するか、屋上緑化するかのどちらかを義務付ける」法律。
屋上庭園とソーラーパネルとを同じ地平で語れない(写真家の)小生は、造園伝道師近藤三雄さんの本で心強くなった。
都市は美しくなければならないからねぇ。

9月18日

今日9月18日午後5時に新国立競技場のコンペが締め切られた。
隈研吾ー大成ー梓設計チームと伊東豊雄ー竹中・清水・大林ー日本設計チームの一騎打ちになるらしい。
5年先未来の「わくわく感」はなくなった。
暗雲垂れ込める新国立騒動のなかで、先日、ザハ事務所が出した反論ビデオが一筋の光線のように思えた。その光もいまはない。

安保法案が参院でも可決成立しそうだ。

84年前の9月18日満州事変(中国名九一八事変)が起きた。
15年戦争の始まりの日だ。
中国にとっては918と919とでは意味が違う。
野党の問責攻勢で日を跨ぎそうだということに一縷の希望を見出す自分が哀しい。

「土星の徴の下で」スーザン・ソンタグ著

昨夜からの続きでスーザン・ソンタグの土星の徴しの下にを読む。
思いたつといますぐ眼を通したくなる。そこでUnder the Sign of Saturn: Essays (Penguin Modern Classics)のキンドル版をダウンロードした。

まったく容赦ない。スーザン・ソンタグは、リーフェンシュタールのナチス時代の「意志の勝利」や「オリンピア」だけでなく1970年代に発表した「ヌバ」まで、ファシズムの美学に基づいた作品だと断罪している。

私たちは野町和嘉さんの「バハル」や彼の撮ったヌバを経験しているので、リーフェンシュタールの「ヌバ」は、ファッション写真/広告写真の類であることは知っている。

世間一般では評価の高いリーフェンシュタールの撮影技法などは、ソ連のドキュメンタリー映画監督ジガ・ヴェルトフと比べたら、足元にも及ばないと述べている。

スーザン・ソンタグのリーフェンシュタールに対する映像作家としての存在の全否定は、思考の実験としては気持ちがよいが、リーフェンシュタールを通して私たちが獲得した人間存在のレッドラインまで否定されるようで怖くなる。

Triumph of the will and Olympia are undoubtedly superb films (they may be the two greatest documentaries ever made, but they are not really important in the history of cinema as an art form. Nobody making films today alludes to Riefenstahl, while many filmmakers (including myself) regard Dziga Vertov as an inexhaustible provocation and source of ideas about film language. …”

“More important, it is generally thought that National Socialism stands only for brutishness and terror. But this is not true. National Socialism – more broadly, fascism – also stands for an ideal or rather ideals that are persistent today under the other banners: the ideal of life as art, the cult of beauty, the fetishism of courage, the dissolution of alienation in ecstatic feelings of community; the repudiation of the intellect: the family of man (under the parenthood of leaders). These ideals are vivid and moving to many people, and it is dishonest as well as tautological to say that one is affected by Triumph of the Will and Olumpia only because they were made by a filmmaker of genius. …”

「回想 20世紀最大のメモワール」レニ・リーフェンシュタール著

なぜ、いままたレニ・リーフェンシュタールの自伝を読んだかのか?

回想―20世紀最大のメモワール (上) (文春文庫)回想―20世紀最大のメモワール (下) (文春文庫)

先日の中国の軍事パレードを見て、彼女のナチス党大会の記録映像「意志の勝利」を思い出したので。・・・連想がはじけた。

「意志の勝利」は単なる記録映画ではない、ヒトラーの「美意識」をビジュアル化したようなプロパガンダ映画だ。

同じくヒトラーの「美意識」を具体化したアルベルト・シュペーアが懲役20年なのに、彼女は、ナチ党員でなかったとはいえ、無罪というのはどういうわけか?

リーフェンシュタールがシュペーアに宛てた手紙のなかに二人のかなでの線引きが示されていた。

「・・・それでもーーーこう書くことをお許しくださいーーーあなたは何百万回と繰り返され、決して止むことのないであろう質問に十分な回答を与えてはいません。それは「ドイツ国民だけではなく、多くの外国人にまであれほど感銘を与えた、いや魔法にまでかけてしまったヒトラーの魅力とは何か?」。その原因はだぶん、あなたがその人のネガティブな面をポジティブな面よりもより強く強調したことにあるのではないでしょうか。あなたが記しているようなヒトラーは、善きにつけ、悪しきにつけ、普通ではことはやり遂げるかもしれませんが、全世界を分解するような真似はできないでしょう。ところが、現に彼はそれにほとんど成功しかかったのです。ここで私たちの見解は分かれるのです。・・・」

リーフェンシュタールにすれば、全権掌握前に彼女やシュペーアの隠れた才能を見いだしたプロデューサー能力がヒトラーの魅力ということになる。

彼女は非ナチ化裁判で「ナチスの同調者だが、戦争犯罪への責任はない」との理由で無罪となった。

スーザン・ソンタグの土星の徴しの下にが読みたくなった。