塚本晋也監督「野火」

もっと早く劇場に行きたかったが、やっと塚本晋也監督の「野火」を見た。http://nobi-movie.com/theater.html

原作は第二次世界大戦フィリピン戦線での地獄を書いた大岡昇平の小説「野火」だが、この映画は原作小説を1時間27分で速読したような感覚に近かった。
あるいは、こういう表現が許されるかどうかわからないが、小説のプロモーションビデオ(PV)を見ているような感覚に襲われた。

脳への映像的な焼き込みが記憶になるには編集作業の時間が必要だ。小説「野火」は1951年に雑誌「展望」に発表されたものだから、大岡昇平は記録から記憶への編集作業に少なくても6年間の時間をかけた。

映画「野火」は、大岡昇平のこの編集作業の時間を意図的に排除して、大岡昇平が脳に焼き込んだ映像をそのまま断片として再現する試みのようだった。

つまり、塚本晋也の編集作業は、壊れた人間を精神科医が分析するような合理的な手法ではなく、レイテ島の自然と荒川の自然が映像的にシームレスに繋がるようにしただけだったのではないかと思う。

こうしてトラウマとなりうる映像の断片が作られたのだが、映像に比べて、台詞が原作小説と殆ど同じ言葉で構成されているにもかかわらず、心に響くことはなかった。これは大岡昇平をして6年間の心的編集時間を無視した代償かもしれないが。

「永遠平和のために」イマヌエル・カント著 池内紀訳

綜合社から2007年に出版された永遠平和のためにが、今年の6月集英社から復刊された。
藤原新也さん、野町和嘉さん、江成常夫さんの写真と「永遠平和のために」から抜粋した格言とを並べ、カントの戦争と平和についてのアフォリズム集にした、編集企画本。
編集者は池孝晃氏。

実は、2007年に出版されたとき、書店で写真ページをパラパラとしただけで、購入はしなかった。
買わなかったばかりか、「こういうことやっているから写真家は低く見られてしまうんだ!」と写真界の大御所たち、そして編集者に腹を立てた。

それが、なぜ? 今回の復刻版は買って読んだ。自分のなかでは、
1)安全保障法案をめぐる最近の政治状況がカントにまで向かわせた? ーーーハズレとはいえないけど、ズバリではない。
2)池内紀さんの訳を読みたかったから? ーーーハズレとはいえないけど、ズバリではない。
3)昨今の中高年の編集者が、自分で企画が立てられない、自分でリサーチできない、自分の頭で考えられない人が多いなかで、本来編集者とはこういう役割を背負った人だ、とわかる本を応援したい。ーーーこれが一番「的」に近い。
(1,404円の本にしては、随分葛藤があったように思えるだろうが、)クリックする一瞬、このようなことを考えた。

読後感は?
アーカイブにある写真に古典的な名言・格言を添えるのは、写真家の端くれとしては、どうしてもダメでした。

どうして?
たとえば、「常備軍はいずれ、いっさい廃止されるべきである。」には藤原新也さんのコスモスの花の写真が、
「戦争を起こさないための国家連合こそ、国家の自由とも一致する唯一の法的状態である。」には野町和嘉さんの牛の放尿で髪を洗うスーダンのある部族の少年の写真が、
「永遠平和は空虚な理念ではなく、われわれに課せられた使命である。」には江成常夫さんの原爆ドームのシルエット写真が、それぞれ使われていた。
ーーーこれはコラボレーションではない。ーーー写真は言葉の付け足しではない。ーーー言葉と写真が合わないとか、「イメージ」に偏りすぎているとかの問題ではない。

「永遠平和は空虚な理念ではなく、われわれに課せられた使命である。」
永遠平和が、私たちに課せられた使命であるとすれば、写真家なら写真家として、翻訳者なら翻訳者として、編集者なら編集者として、それぞれの立場で「永遠平和」にアプローチする試みをしなければならない。
名言にアプローチする試みでなければならない。ーーー写真家はやったといえるかな?

写真との関係でぼろくそに言っているけど、カントの「永遠平和のために」の翻訳本としてはすごくいい本だと思う。
しかし、簡単に読めるからといって簡単に理解できることではない。
だからこそ、池内紀さんの具体的な翻訳の苦労話のほうが読みたかった。

「ニッポン周遊記」池内 紀著

「はじめての町に来て、その町を見わける方法の1つに図書館がある。・・・」ではじまる知性豊かな池内紀さんの旅行記ニッポン周遊記 ―町の見つけ方・歩き方・つくり方を読んだ。
想像力がかき立てられる文体。写真家が羨ましくなるのは、時空を縦横に旅する、その方法が、昔の写真と現在の写真を並列するような単純なことではなく、抽象化の変容で移動すること。
「旅行先を選ぶとき、「元支藩」というのを1つのヒントにしている。小さく、まとまりをもち、歴史がよく残っている、そんな味わい深い町が多いからだ。青森県の黒石市がその1つ。 江戸時代は「分知」といった。分地ではなく分知。知行を分けること。・・・」
「やっとわかった、ここを壮絶な過疎地とするのはまちがいだ。島の分村は文字どおり五大州にちらばり、大浦、洲崎の無人の通りにも、目に見えない人たちが往き来している。さびれはてた商店の並びなのに少しも暗くなく、閉ざされた玄関に荒廃のあとがないのは、遠くから故里を見守っている無数の目があるからだ。」
30の町が紹介されている。小生も歩いた町もいくつかあり、「写真」と「文字」の切り込む方法の違いがわかって、興味深い。

「現代憲政評論:選挙革正論其の他」美濃部達吉著

民主的な選挙で選ばれた議員が、権力を握ると独裁者に変質することがしばしばある。それを、選挙で防ぐことを考えた人はいないか? 
そういえば、高橋源一郎(?)さんが美濃部達吉のことを話していたのを思い出した。
さっそく美濃部達吉の現代憲政評論 : 選挙革正論其の他 (NDL所蔵古書POD[岩波書店])をキンドルで読んだ。

あった、あった。
「私は毎年の年中行事として、毎年の通常議会の閉会後凡そ一ヶ月以内の間に、一定の期日を定めて全国一斉に之を行うことを主張したいと思ふ。
之に依って政党に対する国民の監督が、迅速且つ有効に行はるることを得て、政党の罪悪と不信用とは、直に選挙の結果に繁栄することとなり、政党政治の弊を抑止することに、著大の効果があるのであらうことを信ずる。」

総選挙を一年に一回通常国会の閉会後やって盛り上がろう、というものだ。
さすが大正デモクラシーの代表的理論家! 選挙制度の改革、この論文は昭和4年(1929年)に書かれたものだが、いまでも十分に価値がある。
天皇機関説事件で発禁となった『憲法撮要』もキンドル化してくれないかな。

「平和のための戦争論」植木千可子著

リベラルな安全保障の専門家として注目されている植木千可子氏の平和のための戦争論: 集団的自衛権は何をもたらすのか? (ちくま新書)を読んだ。

期せずして、なぜ日本ではリベラリズムが成長しないのかがわかるような気がした。と同時に、日本の安全保障にはいま何をしなければならないのかもわかった。

著者は、昨年7月集団的自衛権の行使容認が閣議決定されたとき、この本の上梓を思い立ったと述べている。まえがきはこんな言葉で結ばれている。「次の戦争をするかしないか。それを決めるのは、私たちです。・・・」こんなフレーズに誘われて、読みはじめ・・・、簡明な論理の展開は、確かにMIT国際研究センター出身と思わせるのだが、一方で、(小生の頭の中には)違和感のようなものが、だんだん大きく膨らんだ。

違和感? それは植木さんは集団的自衛権を自明の理として日本の安全保障を論じるのだが、現憲法下では考えられない「軍事的孤立主義」や「積極的軍事的国際主義」などを選択肢の一つとして解説ーーーTVの討論番組みたいな構成にするものだから、新書本にも政府から圧力が掛かっているの(?)と嫌な気分になった。

ところが、最後に「私の考え」という項目を設け自身の考えを述べている。ーーーこの本はこの項目だけあればよかった。「私の考え」の13ページ分を詳細かつ簡明な230ページの本にしてもらいたかった。

「私の考えをここで少し述べておきたい。世界に起こっている変化を見ると、日本がこれまでの安全保障政策を続けて安全を確保するのは難しい。日本は国際システムから多大な恩恵と利益を受けているので、積極的にこの国際システムの維持を図ることが必要だ。そのためには、集団的自衛権の行使を容認する必要がある活動もあると考える。・・・」
「ただし、集団的自衛権の行使に向かって動くのであれば、3つのことが不可欠だ。・・・
「1つめは、どのような場合に集団的自衛権を行使するのかについて、国内で幅広い議論をする必要がある。・・・安全保障の観点から歯止めが問題となるのは、憲法を逸脱する戦争をする国になることではなく、他国に威圧感を与え安全保障のジレンマに陥り、安全が損なわれることだ。・・・今回の閣議決定に際して、政府は十分な説明をしていない。・・・
「2つめは、中国との関係改善と関係強化に全力を傾けることだ。・・・多国間安全保障枠組を作り、その中に中国を組み入れておくことが重要だ。・・・安全保障だけでなく経済でも同様だ。・・・災害救助の協力や水難事故の際の協力など、低いレベルの協力からでも始め、制度化することが必要だ。・・・
「3つめは、先の戦争に対する日本人による検証だ。なぜあの戦争が始まり、拡大したのか。なぜ、負けたのか。あるいは、なぜ負ける戦争を始めたのか。・・・とくに、日本の場合は、アメリカの冷戦戦略の一環で、戦時中の指導者らを1950年以降、要職に復帰させたため、戦争の検証がさらに困難になった。・・・しかし、この作業を日本人自身でやり遂げない限り、日本は前に進めない。

植木千可子さんの3つの必要不可欠な社会基盤ないし国民的な合意。いまの安倍政権は何一つクリアしていない。

世論調査では(朝日、毎日、読売3紙の平均)法案に賛成が30.3%、反対が54.7%、また法案を十分に説明しているかとの質問には各新聞、テレビ東京などが軒並み80%を超える結果だった。こういう世論を無視して憲法違反の法案を強行採決、だめ押しに60日ルールを使おうなんていうのは民主主義国家とはいえない。