原発は一神教に似ている

「原発は一神教に似ている」と中沢新一氏が内田樹氏との対談集日本の文脈のなかで語っていた。
「えっ?」読み進めると、
「生態圏の外にある核分裂反応を、直接、無媒介に生態圏に持ってきてしまっている。つまり、インターフェイスがないことが問題なんじゃないかって気がついたんですね。そうすると一神教の問題とつながるんです。」
ふ〜ん、三位一体なんてユーザインターフェイス・プロトコルではなんじゃない? オオッとあぶない、小学生が横綱にぶつかり稽古を挑むところだった。

おばさんたちのおしゃべりは発展性がないので好きじゃない。言葉の欠片はいっぱい散らばっていて、「えっ?」は連発させるが、文脈を形成するほどではなかった。

バカなふりをして・・・

先日、何十年かぶりに「週間プレイボーイ」を買って読んだ。
「安倍政権は単なる外交オンチ(バカ)かそれとも狡猾か?」と題して思想家・武道家の内田樹氏と同志社大教授イスラム地域研究の内藤正典氏が対談している記事があったので。

安倍首相の中東歴訪中に「イスラエルの国旗の前で人質の解放を訴える」という挑発行為を内藤さんは「基本的な外交リテラシーの欠如の現れ」と見て、内田さんは「安倍さんは本当にバカなのか? バカのふりをしているのか? それともバカなふりをさせることで裏でコントロールする人間がいるのか?・・・」と解釈の入口を見つけていた。
最新の安倍首相の支持率調査では、現状維持かわずかながらに上昇、不支持率減少の結果を考えれば、あれだけの失態をしながら支持率に繋げる、つまり「バカなふりをして」狡猾だったということになる。

内田さんはつづけて「フランスのように反イスラム感情が醸成されていって、テロリストに対しては容赦なく戦うしかない、というタイプの国論が巻き上がってきて、集団的自衛権の行使だとなれば、安倍政権にとっては願ってもない展開であるわけです。」述べる。
日本では「反イスラム感情が醸成されていく」ような宗教差別・民族差別は、もともとイスラムに対する知識や経験が少ないので、ないと思うが、「日本は他国より民族的に優れている」的な差別感情や拝外主義的な国論は醸成されるだろう。

安倍政権のサポーター・サンケイ新聞の「日本も報復攻撃に参加しろ」論調には驚いたが、昨日からの「南京虐殺はなかった」キャンペーンはおぞましさも感じる。サンケイ新聞の習近平主席を「習」と戦時中の敵国の大将を呼ぶような言葉遣いが安倍首相の近未来を予見するようで恐ろしい。

この重く暗い雰囲気のなかでは、天皇の年頭のお言葉がより一層輝きを増す。

「本年は終戦から70年という節目の年に当たります。多くの人々が亡くなった戦争でした。各戦場で亡くなった人々、広島、長崎の原爆、東京を始めとする各都市の爆撃などにより亡くなった人々の数は誠に多いものでした。この機会に、満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切なことだと思っています」

憲法の条件

普通に仕事をしなければならないのだが、いろいろ考えてしまう。そうだ!こんな時は、木村草太さんの本だ。
大澤真幸さんと木村草太さんの対談本憲法の条件―戦後70年から考える (NHK出版新書 452)を読む。
大澤真幸さんのまえがきから眼が止まる。
「憲法は、最高の外交文書でもあります。つまり、憲法は、世界に向けて私たちがどのように行動するつもりなのか、世界の秩序と幸福に対して私たちがどのような使命を果たすつもりなのかを宣言する文書です。」
表現を「社会への贈与」という概念で言い表す木村さんが表現した結果の「むなしさ」を人間の根源的な自由に関連づけて、「・・・なぜ自由を保護しなければいけないかというと、人間の尊厳にとって不可欠な自由は、本人にとっては「自由ではない行為」だからです。人の行動として本当に尊いのは、レストラン街でどの店にしようかと選ぶような、どっちでもいいような「自由」ではありません。「そうせざるを得ない」と本人に感覚されているようなことなのです。ということは、その行為は、本人にとってはまったく自由ではないのです。」と述べる。
小生がいま感じている「むかしさ」とは「むなしさ」が違うが、そうせざるを得ないと感じていることからはじめるしかないことをあらためて認識したのは、すこしはブレの修正にはなった。
こんな簡単に読了してしまったわけではないが、紹介していると許されないような長い引用になりそうなので、ここまで。