臺北國際金融大樓

最近、個人的には簡体字より繁体字のほうが視覚的にしっくりくるようになった。そこで繁体字で書いてみました。
通称台北101、やはりこっちのほうが認識しやすいか。・・・10年前の2004年に竣工。

最近はどうなんですか? テナント埋まっていますか?

臺北國際金融大樓 通称日本名台北101

臺北國際金融大樓
通称日本名台北101


(探しているのはこの写真ではないんだよね。見つからない・・・)

Michael Jordan says

“To be successful you have to be selfish, or else you never achieve. And once you get to your highest level, then you have to be unselfish. Stay reachable. Stay in touch. Don’t isolate.”
am still selfish.

Surrender Day

いまさら言うことではないような気もするが、日本語と英中韓の言葉のギャップが気になる。
69回目の「終戦」記念日。
英語だとJapan Timesでもsurrenderを使うから終戦ならぬ「降伏」記念日。
中国語は「投降」日
韓国語は、日本の降伏が即植民地からの解放だったので、광복절(光復節)。

丸一日、中国や韓国のネット報道をみていたら、疲れたせいもあり、日本と中韓との(人間だったらバイオリズムのような)波動がまったく正反対なのではないかと思えるようになった。それは櫻井よしこ氏の朝日新聞謝罪すべしということとは違うレベルのことなのだけど・・・。

動的平衡

STAP細胞の騒ぎや笹井芳樹の自殺の後、なぜか福岡伸一氏の「動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか」「動的平衡2 生命は自由になれるのか」の2冊が再読したくなった。

再読ってその時の心の状態をあぶり出す心理テストを受けているようで不思議な気分になる。

去年の暮れ、現代美術家名和晃平氏のPixCell-Deerを撮影する機会があった。正確に言えば、PixCell-Deerが壁に飾られた部屋のある住宅を撮影した。名和晃平氏のPixCell-DeerあるいはPixCell-Elkシリーズは、福岡伸一氏がPixCell-Elk#2を評して「彼(名和晃平氏)が実現して見せたのは、まさに動的な界面のありようである。光のつぶつぶは拡大された生命の被膜であり、私たちはそのガラス玉の内部にかすかにそこにあったはずの外形を知るだけであり、それが幻想だったことに気付くのである。」という作品だ。

前回読んだときは彼らしい美しい文章で何も引っ掛からず通過してしまったが、・・・今回は少し違った。
フェルメールの絵画に描かれた光を「光のつぶだち」と呼ぶほど、美術に対するしっかりとした評価基準ができている福岡伸一氏が、剥製の動物の表面をガラスビーズで被覆した名和晃平氏の「映像細胞」にたいしては、なぜ愚直といえるほどまで単純になってしまうのだろうか?
ただ単に、福岡氏は「映像細胞」の「細胞」という言葉に反応して、細胞の被膜なら生命の被膜であり、生命(動的平衡)の被膜なら動的な界面を表している、と言っているにすぎない。
名和晃平氏がPixCell-ElkやPixCell-Deerで見せてくれたのは、「動的平衡」の適切な反義語が見つからないので、仮に「静的不均衡」なり「何もない=抜け殻」をガラスビーズで被うことによって、「生命」でも「死」でもない物体が人間の欲望どおりにかたちになった「欲望のかたち」そのものだ。

1ページだけを取り上げて、こうは言ってはみたものの、福岡伸一氏の文章は読み手の妄想を刺激してくれる素晴らしいものだ。ーーー読みながら本を2冊注文してしまった。その本の話はまたこんど・・・。

Mohammad Domiriの写真

180度なり360度パノラマは、撮影対象を選ぶが、モスクの内部空間はベスト・オブジェクトだ、と感じさせる。建築写真として見ると、垂直線や水平線は直線であってほしいから、外部空間は無理が出る。(これは小生もFotoCubicaで苦労した。)
イラン出身の23歳、ムハンマド・ドミリ。

http://architecture.photogrist.com/mohammad-domiri/
http://gravity.ir

納豆

納豆ホウレン草パスタを作った。
見た目は悪いが、小生のパスタ料理レコードを更新するくらい、うまかった。
では、早速その写真ーーー失礼、仕事でなかったので撮らなかった。
味はいいけど、見た目がね、撮る気がしなかった。

それでは、納豆のねばねばをおいしそうに撮ろうかといろいろためしたが、これが結構難題で・・・

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