ヨルグ・ウィドメール(Jörg Widmer)のステディカム

「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」
「戦場のピアニスト」
「ファンダンゴ」
「アメリ」
「V フォー・ヴェンデッタ」
「ミッション・インポシブルIII」
「バベル」
「ツリー・オブ・ライフ」
・・・
“If Buildings Could Talk…”

十和田市現代美術館で開催されている「妹島和世 + 西沢立衛 SANAA 展」でヴィム・ヴェンダースのロレックス・ラーニング・センターをテーマにした3D映画”If Buildings Could Talk…”を見る。
建築のモノローグというアイデア構成はまさにヴィム・ヴェンダースだが、それより何より空間のなかを自由に動き回るカメラワークが素晴らしい・・・誰だろう。
ーーーJörg Widmer(ヨログ・ウィドメール)、少し調べると「あぁ、これもか」「これもそうか」の連続。
上にあげたタイトルもヨルグ・ウィドメールがステディカムのオペレーターとして、あるいはシネマトグラファーとして参加している映画だ。
どの映画も丸ごとのストーリーは覚えていないのだが、かれが撮った(であろう)シーンは不思議と記憶している。
http://www.joergwidmer.com/index.html

森喜朗の暴言は海外でどのように報じられているのか?

あきれた、としか言いようがないのだが、森喜朗2020年東京五輪組織委員会会長の浅田真央選手やリード兄弟に対する暴言、さらにはソチでの「英語は敵性言語だった」発言は海外でどのように報じられているか? 気になったので海外ニュースサイトを覗いてみた。

“Tokyo 2020 chairman blasts Japan figure skater Mao Asada”という見出しが目を引いた。
「2020年東京五輪組織委員会会長浅田真央選手をののしる。」とでも訳そうか、本文は

http://www.cbssports.com/olympics/eye-on-olympics/24449763/tokyo-2020-chairman-blasts-japan-figure-skater-mao-asada

五輪組織委員会会長への適格性を世界中の人が疑問に感じていることも、あらためて思い知らされる。
その森発言は問題外としても、この記事でハッとさせられたのは、「・・・バンクーバー五輪の銀メダリスト、二度の世界選手権チャンピオンをののしったりすべきではない。」との当然と言えば当然のくだり。
われわれの中にも金メダルでなければメダルではないかのような無自覚な圧力を世界チャンピョン銀メダリストにかけていたのではないか?

「英語は敵性言語だったから、私と同世代の人は英語を話せない。」とソチの記者会見でやったものだから、最初はジョークだと思った海外メディアもそれが本心だとわかると手厳しい。

Olympics-Old boys club? What old boys club?, asks Tokyo 2020 こんな見出しの記事が見つかった。

http://www.reuters.com/article/2014/02/09/olympics-tokyo-idUSL5N0LE0BS20140209
「・・・日本語しか話せない男の老人クラブが若々しいイメージのオリンピックのプロジェクトをやろうなんて・・・」

森暴言があった数時間後にパーソナルベストをだした浅田真央選手が涙が出てくるほど感動的だった。

Native Tongues

30年ほど前に出版された「ベルリッツの世界言葉百科」が古本屋のワゴンの中にあるのを発見、購入、読了。

言語に関するエピソードがワンパラグラフで綴られる。たとえば、鈴木貫太郎の終戦工作に関して:

「もしたった一語の日本語を英訳する仕方が違っていたら、広島と長崎に原爆が投下されることはなかったかもしれない。その一語とは「黙殺」であり、これは「無視する」とも「論評を控える」とも「論評なし(ノーコメント)」とも訳せる。原爆第一号を投下する前、アメリカは新兵器が完成したことを日本に警告し、日本本土の都市が壊滅的打撃を受ける前に降伏するチャンスを日本政府に与えた。日本の政府は、この新事態を閣議で討議までは「黙殺」の方針をとる旨、国際機関を通じて発表したが、このどうしが「無視する」(ignore)と訳され、原爆が投下された。」

「黙殺」が「ノーコメント」と訳せるとは疑問なので、史実はどうなのか、少し調べてみると、大分違っていた。

ポツダム宣言に対して、外務省定例幹部会は受諾はやむを得ないが、ソ連を通じて米英との交渉の余地はあり、「黙っているのが賢明で、新聞にはノーコメントで掲載するよう指導するのが適当である」という決定を行った。

鈴木貫太郎もノーコメントと発表したかったらしい。

ところが、新聞記者により談話として首相談話として「黙殺」が使われ、 この「黙殺」が同盟通信社により「ignore it entirely(全面的に無視)」と翻訳され、ロイターとAP通信社では「reject(拒否)」と報道された。

トルーマンはポツダム宣言発表の前には原爆使用を心に決めていた。

スターリンはソ連の仲介にまだ脈があると信じ込ませようとトルーマンに提案した。

確かにポツダム宣言にノーコメントと答えていれば、原爆投下を含め終戦工作の歴史が少し変わったかもしれない。ノーコメントが黙殺と新聞に書かれ、その黙殺をignoreと訳され、ignoreがrejectとして海外では報道された。

黙殺がignoreと訳されたことより、ノーコメントから黙殺を引き出した新聞記者の責任が大きいといえる。

原本を読みたくなった。注文。

トヨタ車体のEVコムス

家の近くで超小型電気自動車コムスを見た。
超小型EVコムス
コムスは知っていたが、実際使われているのを見たのはこれが初めて。
そういえば、昨年の東京モーターショーで二人乗りコムスが発表されていた。