こんな時だからこそ中国に行きたい。

日中国交回復40周年記念日の今日、思うことは「こんな時だからこそ中国に行きたい。」

89年、天安門事件の後、北京と上海に行った。ツアーの落ち込みに危機感を募らせた中国政府が旅行客数回復をねらって日本のマスコミにプロモートし、それを受けた旅行雑誌からの仕事だった。

天安門広場の真ん中で「どうですか? 問題ないでしょ?」と聞くガイドに「そりゃ、そうですね。」とわけのわからない返事を返したら「観光客が来ても大丈夫だと書いてくださいね。」と念を押された。

そんな旅行だったけど、驚いたことが二つあった。
ひとつは、北京で使った車に自動車電話(携帯)がついていたこと。
もう一つは、上海と北京ではガイドの人柄がまったく違っていたこと。

北京に携帯システムができたのが87・88年あたりだろうから、一年あまりで急激に広まっていた。小生も持っていない携帯で、運転手が奥さんと晩飯の相談をしたというのが本当に驚きだったし、その後と経済発展を予感させる「事件」だった。

ガイドの人柄。(これはどういったらよいものか・・・。)
真面目と不真面目。
非共産党員と共産党員。
知的と凡庸。
優等生と劣等生
・・・
よく言われる北京と上海の違いどころではない、同じガイドという職にありながら、こうも違うのかと・・・、なるほど中国は大きくて広くていろいろな人がいることを実感させてくれた。

こんな時だからこそ中国に行って、写真を撮りたい。

カルロ・スカルパ

カルロ・スカルパの日本美術・建築の影響を書いた論文がないものかと調べていたら、ありました。
イタリア育ちのイギリスの建築家が書いたそのものズバリの論文。
“Carlo Scarpa and Japan: The influence of Japanese art and architecture in the work of Carlo Scarpa” by Mark Cannata MA, RIBA, AABC”
があってけど、ちょっと通り一遍だナ。
もっと深のが欲しい。
で、いろいろ調べていたら、スカルパのいい写真が見つかった。
Architecture of Contemplation: Tomba Brion-Vega by Carlo Scarpa
Mario Gagliardi、しっかりしているので昔の写真家と思ったが、いまの時代のちょっと変わったマルチクリエーターだった。
Mario Gagliardi

スタジオ・ムンバイのルーバー

伊丹潤/手の痕跡伊丹潤さんの住宅を見ていたら、儒教的な舎廊房(サランバン)が連想され、ギャラリー間つながりで、スタジオ・ムンバイSTUDIO MUMBAI : Praxisのルーバーを儒教を引きずったまま、ながめたものだから、中庸って言葉、重要だと思うようになった。

http://www.studiomumbai.com/practice_more.htmlStudio Mumbaiの落としどころなんて、まさに、格物、中庸ですね。
“Inspired by real life conditions, we observe the complexity of relationships within each project without any assumption or prejudice. Our attempt is to remain intuitive, and look for a space to initiate a dialogue. It is through this practice that the matter being observed naturally reveals itself. ”

カタロニア独立

中国の反日デモに目を向けていたらバルセロナがおろそかになってしまった。
9月11日はカタロニアの日だったのだが、150万の人々がカタロニア広場中心に集まり、自由、独立を叫んだ。
その後も規模はことなるものの集会、デモが見られ、一昨日21日から24日まではラ・メルセ祭だから、カタロニア独立気運も盛り上がるのだろう。いまのところサグラダ・ファミリアのライトアップしか聞こえてこないが・・・。
http://www.globalpost.com/dispatch/news/regions/europe/spain/120911/spain-catalonia-independence-rally-draws-more-million-phot
http://www.demotix.com/news/1464352/sagrada-familia-lights-la-merce-festival-barcelona#media-1464347
スペインとは文化も言語も違うからカタロニアの分離独立運動は昔からあったが、最近、スペインの経済破綻危機になかで一番まともなカタロニア洲が一緒に死にたくはないと盛り上がりを見せている。納税はいっぱいしているのにもどりの地方交付税がすくないというのが直接の理由。

バセゴダ教授葬儀ミサ

バセゴダ教授 1987年撮影

9月12日水曜日19:00より7月30日逝去されたバセゴダ教授の葬儀ミサが行われる。バルセロナ・カテドラル。いかなければならないけど、いけない。何とも無力。

ガウディにかかわった人のなかでバセゴダ教授のお世話にならなかった人は誰もいないと思う。

小生の写真集にも序文を寄せてくれた。
「鈴木豊は写真の分野で新しい実験を行った。・・・
もし、ガウディ本人がこの写真を見たとしても、印画紙という平面上において、自分の作品をよりリアルに知覚、認識できるこのテクニックに興味を持ったであろうことは疑いえない。」
小生はこの言葉で勇気をもらい今日まで生きてきた。

ジョアン・バセゴダ・ノネイ(カタロニア語読み)Joan Bassegoda Nonell

1930年バルセロナで生まれ、1956年バルセロナ建築高等技術学科(ETSAB)卒業、1966年にはガウディ友の会会長に選出。

1968年バルセロナ建築高等技術学科(ETSAB)建築史教授、同年カタロニア工科大学王立ガウディ講座ディレクターに就任(~2000年まで)。

王立ガウディ講座のトップとしてガウディ並びにモデルニスモ建築を世界中に広め、またガウディ作品修復のエキスパートして活躍した。カサ・バトリョ、グエル公園、カサ・カルベおよびコロニア・グエル地下聖堂などガウディ作品の修復、ガウディとは時代が異なるが、サンタ・マリア・デル・マル教会やポブレー修道院、リセウ大劇場、モデルニスモ建築のカタルーニャ音楽堂などの修復にも手を貸した。

30冊以上の本を出版、1500件近くの論考。

絵金と土佐凧

土佐凧を取材したのは2005年、その時、絵金の素晴らしさに触れ、いつかまた絵金というテーマで取材したいものだと思っていたが、土佐凧の四代目吉川登志之氏は2010年お亡くなりになり、ぐずぐずしているとダメだなぁと・・・。

絵金と吉川氏との関係は高知県立美術館のサイトが詳しい。
http://www.kochi-sk.co.jp/shop/tosa_bi/yoshi/top.htm

絵金。話題になる芝居絵屏風でなくとも吉川氏が集めた白描が絵金の才能を素で見られて素晴らしい。

桐島ローランド写真展「TIMESCAPE」

写真展では、気にはなるけどどんなカメラを使ったのかとか(?)どんなプリンターで(?)どんなペーパーに(?)なんて質問は絶対にしないようにしている、・・・フィルム時代からそうだった。
写真家同士が照れ隠しで写真ではなくカメラの話をするのはわからないわけではないが、写真情報しか耳にも目にもしなくなった今となっては、写真本論を熱く語るほうが面白いのだと前にも増して思うようになった。
カメラなんてどうでもいい。写真家の対象に向き合う姿勢が垣間見られるから写真展は面白いのであって、感動する。

ところが、
「今年3月、SIGMAの新機種SD1 Merrillのカタログ撮影が急遽決まった。・・・本展の展示作品は、SIGMA SD1 Merrillで撮影し、Photoshopなどの加工一切無しでモノクロプリントをしてみた。Foveonセンサーを大型プリントにした場合、どれ位のクオリティーなのかが良く解る個展だと思います。是非、足を運んで実物をご覧下さい。」
と写真家本人が言ういう写真展があり(ギャラリーの案内状)、どんなものかと足を運んでみた。

大型のプリントは、カラー、モノクロ、シャープさコントラストとも申し分なし。正直、SD1の購入をもう一度考えてみようかと思ったほどだ。

と同時に、ある疑念がわき起きた。ーーーこれほど綺麗なプリントができるのに、カタログ印刷のあのヌケの悪さはどうしたのだろう? 
ーーー単純に印刷が悪い? 印刷原稿が悪い? raw現像ソフトの問題? 写真家とアートディレクター/デザイナーの意見の相違・・・レンズ性能?

いずれにしろ会社がOKしたからカタログができたのだろうから、ある人達はあれがベストだと思っているわけだ。・・・あっそうかー。この写真展は桐島ローランド氏の「あのカタログはオレの責任じゃないよ。」というイイワケ写真展、というか責任の所在を明らかにするための写真展か。

Island Gallery
http://islandgallery.jp/

9月16日まで