バラージュ・フュレイ

実に「絵」になるピアニストがいた。
昨夜(11月16日)紀尾井ホールでコンサートを開いたバラージュ・フュレイ。

1984年ハンガリーのケチケメート市生まれ。
バルトーク音楽院で学びリスト・フェレンツェ音楽大学で学位。
コチシュやクルターグなどに師事。国内外の音楽賞を数多く受賞。
世界が注目している若手ピアニスト。

彼の音楽的才能の記述は他人に任せよう。
小生しか見ていない(であろう)彼の「絵」になるワンシーンを紹介する。

リストだから一曲ごとに汗がにじむ。
舞台袖で汗をぬぐって、また演奏。
ピアノソナタロ短調のとき、こめかみに浮かんが汗のつぶがみるみるおおきなり、流れ落ちた。
曲にあわせて頭を大きく動かす。
汗が目に入ったのだろうか眼が潤んでいる。
顔を天井に向けた、瞬間。
汗の一滴がまつげの先から放たれた。

潤んでいる瞳は撮影したが、汗の一滴は写っているだろうか?

山下大明著「月の森 屋久島の光について」野草社

待ちに待った写真集が発売された。
月の森 屋久島の光について

山下大明さんが20年前出版した樹よ。―屋久島の豊かないのちは、のちに屋久島の森に入る写真家たちの手本になった。森の中でどのように対象にアプローチするのかのひとつの基準を作った写真集ではなかったかとわたしは評価している。いま屋久島を撮っている写真家のうちどれほどのひとが山下さんを意識しているのかはわからないが・・・。

今度の写真集は、自然遺産で世界的に有名になった屋久杉の森ではなく、対照的な照葉樹の森がテーマだ。

対象に近づく方法が山下さんらしい。ーーー何も写らない夜の森を基本にしたのだ。

真っ暗な森で写真を撮る。ーーー見ようとしなければ何も見えない夜の森を基本にすることによって、いままで見ていなかった森が見えてくる。暗い深淵で光る落葉のように抽象化度の高い森の命が見えてくる。森の本質に到達するにはかくも深く潜行しなければならないのだ。

写真に限ったことではないが、軽い、明るいものがもてはやされる今日。はやりとか儲けとか関係無しに、写真家個人のひたむきな営為が志を同じくする関係者を呼び、自然の本質にこれほど迫る写真集を出版できたということが同業の写真家のとしてに本当に嬉しいし、敬服する。

写真集の傾向を変えうる写真集だと思う。

能面師高津絋一さん

その道何十年というベテランのアーティスト/アルチザンを取材をしていると悲しい別れに遭遇することもある。

取材途中でお亡くなり、何万枚撮り溜めた写真をどうすることも出来ず、そのままのかたもいる。

この夏、能面師の高津絋一さんを取材させてもらった。

その高津絋一さんが11月2日亡くなった(と連絡を受けた)。

信じられない。

なくなる前日の11月1日、高津さん能面の「匠のかたち」が載った雑誌アクシスは発売された。

「こういう見方もあるのか」と私の写真を気に入ってもらえたと聞いた。

貴重な時間を割いていただき申し訳ない気持ちでいっぱいだが、ご本人のこのことばが救いだ。

ご冥福をお祈りします。